先日、とある神社へ参拝した際におみくじを引きました。一般的なおみくじとは異なり「巫女さんからの言葉」とされており、「迷ったときは、自分の本心が喜ぶ生き方を」と書かれていました。
そこで、今回は「自分の本心」を、いくつかの側面から深堀してみます。
本心?
「本心」とは
1-本来の正しい心
2-その人の本当の心・・・新明解国語辞典より
字のごとく、辞書にもそのままの意味が載っています。それ以外に説明の仕様もない、というところなのですが、もっと根本的なところでいえば
「それ、本心ですか?」
そう聞かれたときに、”自分の中では”「本心に違いないーだって、そう思っているもの!」となるのですが。『思っているだけ』ーもっと展開すれば『思わされているだけ』ということも出てきそうです。
顕在意識で意識的に思うこと
潜在意識で無意識的に思ってしまうこと
それらが合致していないことも多いでしょうし、「本当に?」「本心??」と確認されると、なかなか微妙…となるヒトも多いもかもしれません。
そう、「“本心”がわからないからこそ、迷ってしまうんだ」が本音の本音、というところなのでしょうか。
また、逆説ですが反対に
「本心です!!」と力強く、微動だにしない精神であっても、単なる欲ということもまたある。なかなか厄介ですね。。
経過ー学び
そもそも論、ですが
「本心」なることには、皆早々に辿りつけないもの、ということもありそうです。だから正確に表現するには「今の」「本心」という感じでしょうか。
「やってみないとわからない」
そういった体験軸はとても重要であり、身をもって体験することで見えてきたこと、そこからまた新しい選択肢が広がってゆくーそれが、魂の冒険・成長ということでもあります。
本心、うそ偽りのない本当の気持ちだー
その想いを基点に、なにかを学び、得てゆく、ということは、本来のまっすぐな生き方のように思います。
変化は成長
そういった「学び」の過程を経ることもあり、私たちの想いはどんどん「変化」していきます。以前は夢中だったことにも、今はさほど興味がなかったり、ということもあるでしょう。そういった自然と、ということもあれば、
反対に
身体や家庭の事情により、「変化せざるを得なかった」という理由から致し方なくではあっても、結果として変化したーそこから自分の「本心」も変わっていくものです。
となると。
「自分の本当の心」である「本心」とは…何なのでしょうか?
自分の気持ち、本心と共に行動し、そこから変わったーこれを肯定的に思えるのは、「今」ある程度でも満足しているからでしょう。
現状に不満があれば「一体どこで間違えたのだろうか?」と、自分の本心を疑い、自分の選択を後悔するようにもなる。~本心なんかじゃなかった、にもなってゆく。
学びとはいえ
変化するとはいえ
それが成長だとはいえ
結局変わっちゃう「本心」
どれが本当の「本心」なのでしょうか?
変わらない本心
変わらない本心、という視点で見ると
今世での魂テーマーこれを全うしたい!という魂意識は「変わらない」本心です。
ですが
そこには早々に辿りつくことはできない~例えば、テストの『回答』を早く教えてくれ、と希望するようなもので、先生方はテスト範囲を狭めたり、ヒントをくれることはあっても、「回答」そのものを教えてくれることはない、ですよね。実際のさまざまなテストでもそれは不可能です、テストなので。。
だから
その魂テーマー本来の本心に向かい、自身の才能を活かし、資質を活かし、おしくらまんじゅうで世間にもまれ、挫折し、でも立ち上がり、涙と笑いの人生劇場…その中から、「本来の本心」に【やっと気づく】という表現が適しているように思います。
全ては多面体であり、さまざまな側面を持っているもので、だから簡単に「Yes or No」という二択では計れないでしょうし、だから「絶対」という言葉もなかなか登場する機会はなさそうですが。
絶対に変わらないという「本心」もまた、1つには存在しているーそれを見つけて、気付いてくれることを、スピリットたちは望んでいます。
