うらやましい、を分解する

「ない」王国

自分にはないけれど、まだ達成してはいないけれど
あんな風になれたらいいな
こんな風になりたいな
そんな希望、あこがれを、みなそれなりに持っているのではないでしょうか?
 
そんな、あたりまえの感覚である「うらやましい」ー今回はこちらを「分解」するべく深堀していきます。・・・案外、そううらやましくは…ないのかもしれません。

まず、あなたが「うらやましい」と思うことは、どんなことでしょうか?
それらは、自分のなかでも時代と共に変化をしていくものです。当方の記憶でも、学生時代に「こんな家に住みたいな」と思っていたこと、仕事を始めたばかりに思い描いていた仕事の理想像、さらにはその時々で好んで選んでいたカラーなども、現状と比較すると大きく変わっています。
 
時々で変化をしていくこと、あるいはずっと変わらず想い続けていることー現在進行形の「うらやましい」はどんなことでしょうか? しばし自分を振り返ってみて下さい。
 

  

顕在意識で思う「理想」「うらやましい」
実際にモデルになるヒト/コトの場合もあれば、ドラマや映画の主人公といった架空のヒト/コトなのかもしれません。いずれにしても、自分が意識して「いいな」と、自分には持っていない/できていないことと比較をしながら思っている。
 
 
これらは
眼に見える事柄という絶対的な根拠があり、そこから「(今とは異なる)こんな風がいい」が確立する。「意識的に」いいな、を感じている、創っていると言えます。


すると
私たちの脳機能の1つ「RAS(ラス)」が発動する。これは脳のフィルター機能のような働きで、自分の関心事だけを自動で拾ってくる便利機能です。いわば、脳に入っているGoogle検索のような感じーキーワードに相当するのが、自分の関心事、重要なことになるので、「いいな」「うらやましいな」を入力すると、それにまつわる情報がずらりと眼の前に並ぶようになる。


効率がいい、という反面、余計に「うらやましさ」という感情だけが倍増…理想と現実の自分があまりにも遠く感じられたりで、ネガティブを誘発してしまうかもしれません。が、自分で意識的に、意図的にその現実を創り上げている、と言えるパターンです。


 

意識的に、という反対としては「無意識的に」それに関心が向く、というパターンもあります。それが無意識の世界ー潜在意識や魂意識での「希望」あるいは「フィルター」です。
 

純粋な魂意識として、神聖な自分自身の意図として「こうしたい」がベースにあり、それがフラリフラリと顕在意識に上ってくる。量子力学的にいう「波動」の状態。あるのだけれど、まだ確定せずに、だからなんとな~く漂い・・・ある時に、ハタと気づく→ 意識に上り「あぁ、こんな風になりたい」とハッキリ感じ、思うようになる。


あるいは
潜在意識での「フィルター」、いわゆる思い込みやブロック要素と呼ばれる範囲のこともあります。意識はしていないけれど、固定概念としてビッチリ張り付いているーだから○○がいい、○○でなければ自分はダメだ、という判断にもつながり・・・それが、意識として「こんな風に」とカタチになっていく。
 
 



 
眼に見えるー“だから” 意識する
VS
意識していないけれど、確実に「ある」ー“それが” 意識上に上がってくる


まるで「ニワトリが先か、卵が先か」の話、どっちもあるし、1つのケースに全部が絡まっているという複雑な場合もある、というか、その場合の方が多そうです。元をただせば…が見つからない、ループの世界観の1つではないでしょうか?
 
 
 

顕在意識も潜在意識も絡み合っているのなら、優先するのは「潜在意識」という見えない世界観です。

フィルター要素、という、本来はもう必要ではない事柄ー以前は必要だからと、出来上がったフィルターは「今も」必要なのか。あるいは、同じフィルターでも多少カタチが変わるのではないか。いずれにしろ、好ましい状態へと「気づいてー意図してー変容する」という過程が必要です。
 
さらに
「潜在意識や魂意識の ”純粋な” 意図ってなんだ?」という疑問も残るところですね。顕在意識で「いいな」と思う、本当にそう思っていることは「本当なのか、偽りなのか」と聞かれても、よくわからない…のが普通です。
 
ここでは、こんな質問を自分に投げかけてみて下さい。

  • 「誰の」得にも、損にもならない
    自分にとってもなんのプラスにならない、マイナスもないけど。
    ならば「やりたい?」それでも「欲しい?」
     
  • 明日で世界が終了する
    最後の晩餐、に近いでしょうか?
    ならば、なにをしていたい?どんな自分で最後を迎えたい?

ベタな問いですが、それでも最後に残っていることが、真の「理想」「目指す姿」を形どっていることと言えます。損得の話じゃない、悔いを残さず、ただただこうありたい、○○を感じたいー欲から離れた、自分の「核」が垣間見れるでしょう。今までは純粋な意識を、顕在意識という思考で「上書き」していただけなのかもしれません。

 
あなたの「うらやましい」は、真の「うらやましい」だったでしょうか?ならば、うらやむだけではなく、現実化へと次なるステップが待っています。あたりまえのように思う「うらやましい」を、ぜひ一度振り返ってみて下さい。

 
 

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