歯車がズレる

Soul reading

「これを望んだわけではないのだけれど…」
いつしか自分の望みや理想とは違う方向へとどんどん進んでいるような気がする。一体どこで間違えたのか、ちゃんと決めてきたつもりなのに…そんな風に感じ、少しずつ過去を振り返ってみても…結局わからない。どこかで「歯車がズレたような」そんな感覚だけが残る。
 
そういった経験は、誰もが持っているのではないでしょうか?「歯車がズレる」ー自分ではわからないくらいのことから始まり、小さな欠片からカチンカチンと外れてゆく。今回は、そのウラで起きていることやズレの修正法を語っています。

少しずつ歯車がズレるような感じで、月日と共にまるで「豹変する」ように、変貌するというパターンもあります。

Voyager Tarot-Ⅲ-Empress

たとえば
タロットカードの「Empressー女帝」のような、すなわち優しい母の愛にあふれている人。もともと気遣う精神があり、愛を母のように皆に降り注ぐ、という優しい人もいます。

こういった、優しい母上がいつしか豹変する。
皆にやさしく、愛にあふれている。だからこそ、皆からも好かれ、頼りにされる。けれども悲しい側面として、それを「利用する人」もまた現れる。
仕事などはわかりやすいところですが、「あなたしかいない」といったお願い感が溢れると、つい引き受ける。無理難題も引き受ける。

ですが、引き受けたところで、相手側は「当然」くらいにしか思っていなかったり、強烈なダメ出しや「これくらいしかできなかったか」と、あっさり切られたりも…する。
 
 
まことに厳しい裏側ですが、こういった場合には、能力的に「あなたしかいない」という意味なのではなく、「 ”こんな無理難題を引き受けてくれそうな人は” あなたしかいない」「なかなかほかの人には言いずらいんだけど、あなたは引き受けてくれそうだから」という背景が垣間見れたりするものです。
 

そもそもが優しく人を気遣う、だから必要とされればもちろんがんばる。けれども、それが「愛」として返ってくることが…だんだん少なくなってくる。相手側からすれば、頼ることが ”あたりまえ” になっていったり、仕事では成果が上がらないばかりか(能力ー資質や才能に合致していないため)、がんばり自体もなかなか評価されない…。
 
 
愛からスタートしているのに、愛しかなかったのに。少しずつ歯車はズレだして、愛が枯渇しいつしか「豹変する」ーネガティブなエネルギーが溢れ、「やってやってんのにさ」という愚痴や悪口が充満するようになってゆく…。
歯車がズレている、よりますますズレていく、という典型的な例と言えるでしょう。


 

「一体どこで間違えたのだろう?」と思いがちですが、自分の軌跡をたどっても「これだ!」はなかなか見つからないかと思います。それは、決して間違っていたわけではなく、一生懸命に取り組み、選択してきた結果だからです。ですが、どこかで歯車がズレたのもまた事実。

 
その理由の1つには
単純に自分自身ではなく「相手」「誰か」という、自分以外の人の勝手な解釈があります。「この人なら」という、「相手(あなた)」のことではなく、あくまで自分視点でいわば ”勝手に” 頼り、”勝手に” 判断し、さらには「利用」にまで発展する。なかなか厄介なのは、「家族」などのかなり親しい関係性で依存度合いが高くなる場合などもあります。
「出したものが返ってくる」という、「愛」をもらったら「愛を返す」が当人同士では成立していないパターンです。ですが、直線的(あなたー私)で成立せずとも、曲線を描いていつしか必ず出したものは当人に返るので、ここで大きく取り上げる必要はありません。

 
 

自分ではコントロールできない「他人」により、歯車が少しずつズレてゆく、ならば、そのズレた分をどう修正していけばよいのでしょうか?

「他人がどう思おうと/言おうと、それを受け入れたのは自分じゃない??」
前項を読まれて、そう感じた方がいるかもしれません。当人が出したものがそのまま当人にいつしか返るなら、相手がどうであろうと別に気にしなければいい話ーそれも当然ながら改善法の1つ、「対処療法」といえるでしょう。
 
とはいえ、「他人のリアクションは気にしない」ということは既に知っている、という人も多く、それができればね、悩みもないよね…が現実という感じ。。
そこで「根本療法」に相当するのが

かなりシンプルで、ストレートなところ、さらにはほとんどの方が「やりたくない」「見たくない」「面倒くさい」と感じるエリアなのかも…しれません。
 

自分だからこそへりくだり過小評価したり、反対に自分だからこそ過大評価をしてしまう、ということは普通ですが、だからこそ「自分をまっすぐに知る」ということが必要です。それは「あたりまえ」の概念を見直すための軸ともなります。
 
 
以前は「なかなか情報を得る機会もないからね、知らなくてもしょうがない」という状況でしょうし、現代では「情報が溢れすぎて、なにが本当か優先かなんてもうわけがわからない」になっている。地球は進化しているはずなのですが・・・なかなか微妙です。
時代が、環境が、ということではなく、「あたりまえ」に語られる概念を、自分はちょっと合わないな、と境界線を引く「強さ」も求められる時です。
 
 
「間違っていた」のではなく、気づいて「自分はココに立つ」という基準値を定めることで、ギコンガコンとズレた音を立てていた歯車は、カチカチと静かに進むようになります。ズレた歯車は、自然には回復しません。しっかりと自分を見据えることで、必ず本来の軌道に戻ります。

 
 

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