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責任と共鳴

「責任」とはなかなか重い言葉で、どこから/誰の/どんな、など境界線をはっきりと定義することは難しいものです。眼に見える第3密度の決まりごとと、眼には見えない世界観での「責任」はいささか違っている、という側面もあります。
 
今回は、スピリチュアルな見えない視点を基にした「責任」と、そこにまつわる「共鳴」のハナシを書いています。そういう側面もあり、という広い心で読み進めてみたくださいませ。

ある程度の年齢になれば、自分の行動や言動に対して「責任をともなう」ということは、さほど難しくなく「そりゃそうだ」と納得できる、という人も多いと思います。ですが、「不可抗力」的な、自分ではどうにもできないというところの分野、話は…どうでしょうか?
 
最も基本的な根幹の、というところでは「生まれ」です。「親ガチャ」に対して「子ガチャ」という言葉も使われたりもしますが、親も子も、双方自分で「選んだ」わけじゃない。
 
日本に生まれてきた(出生地)ーこれも「選んだ」わけではない。責任というなら、選択肢はあったのか?「○○よりはマシだ」という考え方もできますが、それでは単に「不幸自慢」を助長してしまうだけのようにも見えますね…
 
これらは
スピリチュアル的、ワンネスという「一(いち)」の立ち位置からすれば、意味があり、「選択」という言葉も出てくるところですが(選択してきた、という意味)、見えない世界ゆえ、ネガティブに傾いている状況であれば、そんな解釈は逆に「お花畑ちゃん」と映るのかも…しれません。


 

ただ、侮るなかれなのが、この「見えないエネルギー」です。
 
わかりやすく、仕事ー商売の話の一例で言うと。

ある顧客が去っていった。
対して売り上げはなかったが、まぁ定期的には来店があった人。
あの日、問い合わせがあって、あれからプッツリ来店しなくなった。
なんか気に入らなかったのかもしれないけど。

まぁ、別に。
どうでもいいや。

顧客はたくさんいるし、来るし。あの顧客がいなくても。痛くもかゆくもない。

接客業をしている方なら、似たような経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
この場合、本当に「困った」ということは、眼に見えてはない、ということもあります。1人の顧客が去っても、またその分ほかの顧客の対応に回れますし、事実売り上げという数字にはなんら反映されることではなかったりするから。
 
 
のですが。
こういった場合の去ってゆくクライアントさんー実は、とてもプラスのエネルギーを運んでくださっていた、という場合も多いものです。売り上げという金額だけではなく、暖かくやさしいエネルギーを放つ、いわば商売繁盛をもたらしてくれるような。こういった方がいるからこそ、「顧客層のエネルギー」自体が、波動の高いものに保たれている。そんな役割を持っていた、ということもあります。(語弊はあるかもですが ”フクノカミ”のような感じでしょうか)

 
では
なぜ去って行ってしまったのでしょうか? ここでは「別に」「どうでも」という、お店側のエネルギーにいわば「共鳴」したからです。
・・・もう、こことは全くかみ合う部分がなくなってしまった。またの機会があれば、その時に・・・


お店側として方針なのか、いちスタッフの意見なのか。いずれにしても『その』エネルギーに共鳴した、ヒト/コト/モノが引き寄せられてくるー「出したものが返ってくる」は宇宙の大原則です。
 
なので
一見なんの変化もなさそうに「見える」のですが、気づいたらどんどん荒んだ環境に代わってゆく、ということにもつながります。自分視点で見たら、あっちもこっちも八方塞がりだ!と、さらにアラクレが加速するのかも…。ですが、かなり厳しいですがそれも「自分の責任」ということになります。
あなたのエネルギーに、すべては共鳴して現実が成り立っています。


 

「そんなこと言われても困る」「知らない」「言ってくれれば」「なんでもワタシのせい?」
と反発心が湧き上がる、ということもあれば

「自分の…責任?」「自分が…悪いの?」「どんなエネルギー…出しているんだろう??」
と、不安になってしまう、ということもあるでしょう。
 
 
自分を振り返るということは、なかなか難しいものです。自分のことを自分で占う、という鑑定士もいますが、自分のことは観ない、としている人もーどうしたって、期待も不安も2割増しという感じになってしまいます。

ならば、「自分の周り」をぐるりと1周眺めてみて下さい。

  • よく連絡を取っているヒト
  • (自ら進んで)一緒に過ごす時間が多いヒト/コト
  • 最近離れたヒト/コト
  • 魅力を感じなくなったヒト/コト
  • よく見かける/出くわすヒト/コト

さらには
たとえば、「最近離れたヒト」→「”その人を” 取り巻くヒト/コト/環境…」まで、見える範囲を広げてみる。

「だからー離れた」
「だからー引き合う」
あなたの「出している」エネルギー、その結果ということがだんだんと形づくられていくでしょう。よくない例えで使われますが「類は友を呼ぶ」同様、友達という周りを見れば、その人がどんな人なのかがよくわかる、ということと一緒です。



自分で選択していないー自分の非ではない
ということも、1つの視点/立ち位置ですが
自分は、今どんな波動/エネルギー状態なのだろう?
と、できるだけ自分自身に寄り添う意識を育ててみると、また違った世界観が広がってゆく。「責任」という、少し重たい言葉も、見えないエネルギーたちが力を貸してくれるのならー案外柔らかいものなのかもしれません。
 
 
 

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