大局を見る~惑星年齢期による違い

Soul reading

「物事の大局を見るように」
ビジネスでも、プライベートでも、さまざまに使用されている言葉ではないでしょうか? 一点だけを見るのではなく、もっと広い視野を以って、ということですが。ちょっと、スピリチュアルな要素を交えた「大局」についてを今回は書いています。
一言で「大局を見る」「大局的に」と言っても、その中身はかなり変わってくるー基準となるのは「惑星年齢」ーシンプルには、実年齢によって異なります、というハナシです。ことミドルエイジに差し掛かっている方におススメの情報、そんな見方もあるのかなという参考の1つとされてみて下さい。

自己啓発はもちろん、スピリチュアルでも本当によく出てくる言葉が「本当の私」「本当の自分」という表現です。当方は、好んで使用するということはないのですが、表現として「本当」としか言いようがない、という場合もある、という側面も確かです。
 
 
潜在意識下に刷り込まれた信念体系ー思い込みによって、「○○だ」という決めつけが起こり、その枠を外さずに生きてきて。
いやいや、それは「本当の」あなたのやりたいことではありませんよ、という流れになってゆく。 
 
また
「好きを仕事に」に代表されるように、「好き」という自分が情熱を掲げられることを突き詰めてゆくー新しいことへの挑戦は、誰しも不安で、心配にもなりますが、自分の可能性を信じてー
そう、本当の自分を求めて、本来の、素の自分のパワーを存分に発揮するために。

 
 
これは、1つの「大局」のパターンです。
ココだけ、コレだけではない、もっともっとステージを広げ、可能性を広げで羽ばたくために。壮大な「大局」を見据えた選択、行動と言えるでしょう。

 
この「自分の可能性を広げるべし」な「大局」は、往々にして「太陽期」までの話と言えます。
太陽期? 惑星年齢についての詳細はこちらから ↓

 
太陽期は、25才から35才あたりに相当。いわゆる「青年期」という感じでしょうか。体力的にもパワー全開であることから、「七転び八起き」的な感じでもあります。やってみないとわからない!ーでやってみては撃沈ーそれでもまた起き上がる! というトライandエラーを繰り返しながら、成長してゆく。

この太陽期の間は、できるだけ「挫折感」も味わった方が良いとされ、その中で自分の方向性がそぎ落とされてゆく、「○○の真髄を垣間見る」という経験になるようです。
 


 
では「太陽期」以外の年齢の人は?
それ以外の年齢の人は、トライandエラーの挑戦や、「本当の自分」になるべく、可能性の拡大はできないのでしょうか?
「太陽期」を超えた方は、自分の可能性を広げるための「大局」ではなく、もう一つの「大局」の方が適しています。 
 
 
 

惑星年齢で言うと、太陽期の次は
・火星期ー35才から45才あたり
・木星期ー45才から55才あたり
・土星期ー55才から
いわゆるミドルエイジに到達するのは、火星期後半から木星期です。
 
 
太陽期」というのは、太陽系における中心=「太陽」=「自分」という、自分中心の世界観です。だからいささか粗削りでも、突っ走っても、エネルギーでカバーしながら「自分」の可能性を広げる期間でした。
そういった「自分ワールド」の「大局」だった時期から離れると、次に現れる「大局」は「宇宙視点」的な「大局」になります。
 

つまり
大宇宙からしたら、全体像を見渡してみたら、それもこれも、別に別にな出来事に過ぎないー単純に、手のひらに乗せて見るように、近くでマジマジと眺めたら、見えすぎてしまって、あんな状態もこんな状態も見えまくりで落胆したり、腹が立ったりするものですが。

それを、ビルの屋上から眺めたら、飛行機に乗って空の上から眺めたら、そもそも「見える」ほどのことでもないー気になりませんが?、という状態になる。これがもう一つの「大局」です。
 

具体的な例を上げるなら
「ココにいたのでは、自分の能力が発揮できない」という、あまりよろしくない環境下、なので、自分のために、転職や、引越、人間関係の清算などを行うのですが → 自分ワールドの大局
 
宇宙視点の大局目線で行くと、それは別にどうでもいいことで、そもそも自分には関係ないしな、というところに立ち直したりできるようになる → 転職なのか、引越なのかなど、選択肢が変わってくる

 
ここで、シンプルな疑問が出てきたかもしれません。
「宇宙的視点の大局って…要はどうでもよくなるってこと??」
「結局…太陽期を過ぎたらチャレンジは不向きという、一方的な決めつけ??」
・・・いえいえ、「大局の手段が変わる」という視点です。 

 

惑星の発達年齢域で見るような成長の流れは、王道であり理想です。
ただし、そういった中庸なところから大なり小なり皆はみ出しつつ、修正しつつ、というのがリアルな人生と言えますよね。
みな修正しつつ、調整しつつであり、パーフェクトな人などいない、ということを前提に。
 
 
たとえば、木星期 / 土星期に入って、大きく自分という大局を広げるのは、かなりリスキーです。年齢的に、ようやく長年勤めた会社の退職時期を迎えたり、子供が成人して時間が作れるようになった、ということもあるでしょう。
ちょっと厳しい側面ですが、「○○な末路…」という記事をパラパラと見かけるのではないでしょうか?この時期に自分ワールドの大局を見出すと、「末路」的な展開にもなりやすい。。。


木星期 / 土星期には、太陽期のような直進、短距離走に挑むようなパワーがありません。肉体派かそうでないか、ということもベースにはありますが、エネルギーという波動の話なので、「身体」だけのことでもなさそうです。
 
代わりに
今までの経験値という、教科書には載っていない、誰も教えてくれない、身を以って体験して学んだという「智慧」を宿しています。
この智慧を使わない手はありません。

 



 
年齢が変わっても、自分にとっての「コレ」なるもの、いわゆる「本当の自分」が表現できること、充実感を一番感じることができることーそれらを皆持っています。ただ、それを突き詰める手段としての「大局」に

という違いが出てきます。個人の持つ、もともとの資質という側面も反映されるので、ケースバイケースということもありますが、私たち一人ひとりが宇宙の1ピースの循環なのだとすると、宇宙の、星たちのエネルギーもまた、自然と反映されるもの。
 
 
なにかを得る、ということよりは、段々と「手放す」というフェーズに入っていくのも、惑星の年齢期を鑑みると納得できます。
不思議なことに、木星期では「周りを受け入れることで」自分という個性が発揮されるような流れになります。そこだけを抜き取ると、なんとも納得しがたいことかもしれませんが、これも宇宙視点の「大局」の一面~私たちが今世で学んできた、智慧を活かし、そして引き継いでいく、という時期なのかもしれません。
あなたの「大局」が、花開きますように。 

 

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