「愛は勝つ」
90年代のヒットソング、こちらを題材に以前投稿をした時、「結果ではなくて、過程が大事なのでは?」というコメントがついたことがあります。
確かに。
ビジネスでは、最終結果ー勝つことに焦点が当たり
人の、魂の成長では結果だけではない、どう取り組んだのか、という過程が最もフォーカスされる。
ただ、この「愛」というのは非常に特殊な特別なエリアの話で、「どんな時にも、いつだって、結果も、過程も」必ず勝つ。本来、ここでは「勝つ」という言葉はちょっとニュアンスが異なっており、決して勝負ごとという範疇ではなく、いわゆる「愛がなくては生きていけない」というすべてのエネルギーの源、という世界観の話です。
霊性界からの視点
先日、ある画像イメージを思いつき、以前飼っていたペットちゃんを登場させようと、合成画像に取り組みました。ですが、いかんせん技術力がなく、何度かやり直したものの、思い描いたものとはちょっと違う…素敵な1枚を創ってあげたかったのですが…これが限界か、という作品になってしまいました。
あーあ…と落ち込んでいた時に、ふとペットちゃんのウラの気持ちへ入ってみるとーそこには少しもネガティブなエネルギーはなく、こちらの気持ちとは対照的にとっても喜んで大はしゃぎしていたのです。
それは、上手に、きれいに仕上げることを見ていたのではなく
一生懸命に、愛をもって、愛を送って創ったこと
その想いーお互いを想い合う、そこには「愛」しかありませんでした。
ありがとうのエネルギーが満ち満ちていて
- こんな作品しか創れなかったのに、という申し訳なさと
- たくさんの愛をもらい
- あぁ、やっぱり「愛しか勝たん」
と、改めて痛感したものです。
現実の視点
とはいえ。
現実、こと仕事では「結果」が重視という側面に光が当たります。愛をもって創ろうが、取り組もうが、例えば先ほどの、私が作成したペットちゃんの合成画像では売り物にはならない。「仕事」という厳しさが加わり、冒頭の決まり文句ー「愛がなくては生きていけない」と対になる「愛だけではお腹いっぱいにはならない」が登場します。

では、ここでお決まりの逆説。
がんばった、とか
心を込めて、とか
それよりも「結果は?」が重要視される場面もある。けれど、短期的な目線なのではなく、長期の目線で眺めてみたら
「世界は輪を描き、自然とアップダウンを繰り返す」
タロットカードでもおなじみの「運命の輪」の概念が見えてきます。

なんとか結果だけにエネルギーを注ぎ、「結果を出す」ということを達成しても、同じように「いつでも」そうなるかは、わからない。想定内に流れる時もあれば、流れない時もまたある。
そこに「愛がなかったら」ー再度立ち上がることすらむずかしくなる。愛は全ての行動のエネルギーとなる、ガソリンのような働きがあるからです。
だから
愛をもって取り組んだけれども、「今回は」結果にはつながらなかったーとしても【やっぱり愛が勝つ】愛があれば、立ち直り、修正する余力もそこには残ります。
人間関係で言うならば、「出したものが返ってくる」ーこれも「輪」の概念です。「あなたにあげたーあなたから返ってくる」を私たちは想定しがち。ですが、ボイジャータロットの「Rewardー報酬」のカードが謳っているように、「返ってくる」という報酬は、「あなた」からだけではありません。いつしか、どこからか、必ず巡り巡って返ってくる。ここは手放しの意識が必要ーいつ返ってくるの?これはいつのやつ?損していないよね??~もしそういった気持ちが止まらないのなら、あなたが送ったのは「愛」ではなかった、ということの現れなのかもしれません。
スピリチュアルの世界で謳われる「統合意識」「ワンネス」という世界は、「愛しかない」ワンという世界へ向けての回帰です。二極の世界観を体験している地球では、まだ根本的な「愛」への気づき、目覚めの途中といえるでしょう。勝ち負けという意味ではなく「どんな時にも、愛が勝つ」ー最後には愛しか残りません。そんな想いと共にあると、忙しい毎日も少し穏やかに感じてくるのではないでしょうか。

