「痛い」という感覚ーこれは個人差があるもので、実際の痛み具合は当人にしかわかりません。傍から見て「痛そうだな」と思っても、当人は「痛くない」こともあるし、その逆もまたしかりです。
そんな極めて個人的な感覚である「痛み」との付き合い方を覗いてみます。少し切ないお話かもしれませんが、心に余裕のある時に読み進めてみて下さいませ。
見える痛みー見えない温度差
当方の経験なのですが。
非常に「血管の見えにくい」タイプのようで、血液検査はもちろん、点滴の際のルート確保(静脈にプラスチックの管を入れこむ処理)はなかなか難しい様子…。看護師さん泣かせでございます。
せっかくルートを確保できても、少しずつ周囲が腫れてきて、血管がストライキ(?)を起こしたように、輸液が止まってしまうこともあります。
ある時のこと。どうにかルートを確保し、点滴もちゃんと落ちている状況なのですが…とにかく「痛い」。腕を動かせないほど、痛い。点滴中もずっと痛い。「こんなに痛いのは、なにかがおかしい…」と感じるのは、当人としては当然のことでしょうが・・・
そういった痛みを伝えても、外側から「見えない痛み」はスルーされがちです。「点滴、落ちていますよね?」という確認が優先され、そして目視でも触診でも腫れがないとなればー医学的には問題なし、として処理されてしまいます。
その後、時間の経過と共に内出血がどんどん広がっていき、周辺の組織が固くなり、「なにかしらが上手くいっていなさそう」という側面が見えてきたところで、再びルートのやり直しが行われました。
「痛み」は当人にしかわからず、その程度を他人が測ることはできません。そこで、目に見える「痛そう」や、医学的には炎症数値など、なにかしらのものさしがあって初めて「痛いんですね」と認識できる。
痛みを伴う当人と、それが見えない第三者には温度差がありますが、見えないのですからわからない、仕方ないーこれもまた1つの真実ではないでしょうか。
見えない痛みー自分ですら見ていない
目に見えるなにか、というものさしがあれば、ということを書きましたが、誰にも、そして当人にすら「見えない」痛みがあります。
それが、心の痛みです。
気にしない人もいる。なんとも思わない人もいる。自分だけがこだわりすぎているのかもしれない。自分の感覚が、ちょっとおかしいからかもしれない。
痛みを感じた時、そうやって自分を否定してしまうことはないでしょうか。あるいは、「痛い」を感じたくないーつらい感情を持ちたくない、だからあえて見ないようにする。その感情と関わらないようにする。わざと忙しく動き回ったり、わざと真逆な行動をとったりして大きく気を紛らわそうとする。
そうして心を置き去りにしても、日常はなにごともなかったかのように…過ぎてゆきます。
ですがこれは、先ほどの点滴の例で言うなら、「表面上は点滴が落ちている=社会的な役割や仕事をこなせている」けれど、見えない内部では静かに「内出血」がどんどん広がっている状態と同じです。
誰にも理解されない、自分ですら見ようとしていない「痛み」は、確実にそこにあり、じわじわと腫れあがっていくのです。
自分の立ち位置
「誰もわかってくれない」
自分がどうしようもなくつらい時、そんな孤独の中に引きこもってしまった経験が、あなたにもあったかもしれません。確かに、他人の心を変えることはできないし、他人のリアクションへ自分の希望・期待をあてがうのは、淋しい結果を生みやすいものです。
そんな苦しい思考回路にハマってしまった時、一番大切な転換法があります。
『私は、私のそばにいる』
『自分が、1番の自分の味方になる』
自分自身を分離させないことが第1優先です。「誰もわかってくれない」という言葉の中にどうか「自分」まで含めないであげてほしいのです。
長く残り続ける心の痛みが癒え、昇華して流れてゆくために必要なのは、「誰かのなにか」なのではありません。それができるのは世界であなた1人だけだからです。痛い想いを、自分たちでしっかり受け止め、「痛かった」と寄り添ってオイオイ泣き叫んだら、いつしか心の内出血も収まっていきます。
タロットカードでも、感情のスートは「水」として表現されます。水は滞り、淀むからこそ、いつまでもそこに留まります。流れてしまえば、負の感情もやがて消え去ってゆくものです。
エネルギーの共鳴と「投影の法則」
「痛み」の感覚のように、眼には見えないということの代表が「スピリチュアリティ(エネルギー)」です。「出したものが返ってくる」や「類は友を呼ぶ」という経験は、誰もが人生の中で体験しているのではないでしょうか。
見えないながらも、エネルギーは「共鳴」し、似たものを引き寄せています。
- 負の感情をさけ、自分に寄り添わない➠自分が分離➠周りからも大切にされない
- 痛みに寄り添い、自分をケアする➠自分への愛➠周りからも大切にされる
これはエネルギーの法則でもあり、心理学でいう「投影の法則」でもあります。「誰もわかってくれない」と感じる環境は、自分が自分を理解していないことの現れであり、だから同じような人たちー自分自身を置いてけぼりにした人たちーが自分の周りに集まってしまう。
これはわかりやすい例ですが
昨今の「マッチングアプリ」など、条件を絞って出会いを探す心の背景にも、同じことが言えます。
エネルギーの共鳴という視点で見ると、「見えない心は大出血状態ー誰か癒してくれ!」というエネルギーを放っているのであれば、共鳴して同じように「心が出血している人」とマッチングする(引き寄せる)でしょう。(あるいは、その隙を“利用”しようとする人)
結果として、「どうして私を癒してくれないの?」「全然わかってくれない!」と、お互いに奪い合う平行線になってしまいがちです。
痛みをはじめとするネガティブな感情や思考は、決して「なくさなければならない悪いもの」ではありません。「喜怒哀楽」という言葉通り、すべての感情がそろって「1セット」であり、そこにあるのが自然な姿です。
避けることも、恥じることもありません。常に自分自身を分離させずに「私がここにがいるよ」という一体感を持てるように。ぜひ自分自身を育てる方向へと意識の舵を切ってみて下さい。
あなたが自分の一番の理解者になった時、冷たく、狭く感じられていた世界は、驚くほど優しく温かいものへと変わり始めます。

